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神戸簡易裁判所 昭和34年(ろ)691号 判決

被告人 芝田寿美 外三名

主文

被告人芝田寿美、同内山輝雄、同千崎和美を各罰金一、五〇〇円に処する。

右被告人らがその罰金を完納することができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間同被告人らをそれぞれ労役場に留置する。

右被告人らに対し、この裁判確定の日から二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人長田香は無罪。

訴訟費用中、証人石井実男、同阿江力、同白井正行、同松井政登、同細谷八郎、同大西富士夫、同羽柴経治、同今口栄一、同小泉哲夫、同川口末夫に支給した分はこれを四分し、その各一を被告人芝田寿美、同内山輝雄、同千崎和美の負担とし、証人青木重次に支給した分は被告人千崎和美の負担とする。

理由

(本件刑事訴訟法違反被告事件に至る経緯)

被告人芝田は昭和二七年三月頃から、被告人長田は昭和二六年五月頃から、被告人内山は昭和三二年六月頃から、被告人千崎は昭和二五年一一月頃から、いずれも国鉄東灘駅の職員として勤務し、被告人らを含む同駅の職員中、駅長、助役を除いた大部分の者が国鉄労働組合東灘運輸分会を結成し、同分会は、昭和三三年一〇月頃、小泉哲夫を分会長、川口末夫を書記長に選任し、折からのいわゆる警職法斗争に和して活発な組合活動を行つていた。

昭和三四年三月二一日頃、国鉄東灘駅において、誰かが列車の制動管肘コツクを閉鎖し、列車の発車を妨げるという事件が起り、その後も同年五月中旬までの間前後一〇回位にわたり、列車の自動連結器の解錠、制動管の切断等偶発的自然的とは思われない事故が続発し、その頃から鉄道公安官が多数同駅へ出入りするようになり、また所轄の兵庫県灘警察署の警察官が、同駅の職員に対し参考人としての出頭を求め、その捜査を開始するようになつた。ところが、警察官による同駅職員に対する呼出が多人数におよび、更に同駅管理者側の警察に対する協力により、二四時間勤務の明けた非番の日に呼出され、或いは家庭訪問を受けるといつたことから、国鉄労働組合の組合員は、管理者側が職員の勤務割や住所録を警察へ内報し、警察権力を利用して東灘運輸分会の組織を切りくずそうとしているのだと考え、昭和三四年四月上旬から小枝東灘駅長と交渉した結果、同月下旬同駅長との間に、管理者側は警察に対し勤務割等を内報したりしないとの約束を交すに至つたが、その後も警察官による組合員に対する参考人としての呼出や、家庭訪問が続いていた。

昭和三四年五月一〇日午前八時四八分頃、国鉄東灘駅点呼場において、右小泉哲夫及び被告人らを含む勤務番の職員三〇名位が、当直助役である阿江力から点呼を受けたが、同助役は、同日午前八時五七分頃点呼の終了を告げ、立会の助役石井実男及び松井政登と共に点呼場から助役室へ引揚げようとした際、点呼場に居合せた川口末夫及び右小泉哲夫は、「質問がある。勤務割を警察に知らせたのは誰か」等と言いながら進み出て、点呼場から出ようとする阿江助役を押し止めようとして出入口に立ち塞がり、両者もみ合うようになるうち、同助役は、右手指四本が戸にはさまれて傷を受け、右上膊部並びに右胸部に打撲傷を受けて、同日午前九時一三分頃漸く助役室へ戻つたが、そのあとを追うようにして右小泉、川口らを含む同駅の組合員一〇名余りが助役室へ押しかけるという事態が起つた。

神戸地方検察庁は、右の事態を公務執行妨害、傷害被疑事件としてその捜査を開始し、被告人らに対し参考人としての出頭を求めたが、被告人らが出頭しなかつたので、神戸地方裁判所の裁判官に対し、刑事訴訟法第二二六条により、小泉哲夫(被告人長田については除く)、川口末夫、株本健三の公務執行妨害、傷害被疑事件について、被告人らの証人尋問を請求した。

(被告人芝田、同内山、同千崎の罪となる事実)

被告人芝田、同内山は、昭和三四年六月二五日、被告人千崎は同年同月一六日、それぞれ、神戸市生田区橋通二丁目三〇番地神戸地方裁判所において、被疑者川口末夫、同小泉哲夫、同株本健三に対する公務執行妨害、傷害被疑事件について刑事訴訟法第二二六条による証人として出廷し、宣誓したうえ、前記同年五月一〇日の点呼に関し、

第一、被告人芝田は、裁判官原政俊から「川口、小泉、株本は点呼に出席していたか。その時の点呼執行者の点呼状況、点呼終了時刻。点呼終了の際の小泉、川口らの行動。株本の行動。点呼執行者である阿江助役の行動。点呼場の外における川口、小泉、株本の阿江助役に対する行動」についての尋問を受けた際、正当の理由なく、その証言を拒んだもの、

第二、被告人内山は、裁判官原政俊から「当日の点呼執行者は誰だつたか。当日出番の人は何人位居たか。常時の点呼執行状況。点呼終了時刻。小泉、川口、株本らと阿江助役との間の互の行動」についての尋問を受けた際、正当の理由なく、その証言を拒んだもの、

第三、被告人千崎は、裁判官小河巌から「小泉哲夫は点呼を受けたか。川口末夫は点呼のとき居つたか。阿江助役が駅報とか伝達事項を伝えていたか、阿江助役は点呼を終了した後はどうしたか」についての尋問を受けた際、正当の理由なく、その証言を拒んだもの

である。

(証拠の標目)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、本件証人尋問の請求が刑事訴訟法第二二六条の要件に反してなされ違法のものであるから、被告人らがその証言を拒否したからといつて、証言拒否罪は成立しないと主張するけれども、前掲各証拠によれば、国鉄東灘駅所属の労働組合員は、警察の同駅におけるいわゆる列車妨害事件の捜査に対し、一致してその呼出には応じないという態度を採り、また昭和三四年五月一〇日の点呼場付近で発生した公務執行妨害、傷害被疑事件の捜査に対しても、被告人らをはじめとしていずれも警察からの呼出に対して出頭を拒否したこと、被告人らが同日その点呼に出席し、公務執行妨害、傷害被疑事件の現場付近に居合わせていたことが認められるから、被告人らについてなされた刑事訴訟法第二二六条による証人尋問の請求に対し、裁判官がこれを認め、その証人尋問をしたことについては何等の違法も認められないので、弁護人らの右主張は理由がない。

次に弁護人らは、被告人らが証言をすればいずれも刑事訴追を受ける虞があつたので、正当な理由に基づく証言の拒否であると主張する。

刑事訴訟法第一四六条によれば、自己が刑事訴追を受ける虞のある証言を拒むことができると規定されているが、これは元来無辜の者を刑事責任から守るために設けられたもので、文字通り「自己」の刑事責任に関する事項に限られ、第三者について不利益な事項にはおよばず、「刑事訴追を受ける虞がある場合」とは、質問に答えて証言をすれば、その証言の内容自体が自己の刑事責任を基礎づける構成要件事実、若しくはこれを推測させるに至る密接な関連事実を顕出する場合をいうものと解する。そしてその「虞」があるかどうかは、尋問事項と問題となつている被疑事件の性質、内容、その事件に対する証人の関係を考慮に入れて具体的に判断すべきものでたとえ第三者の行動に関連した質問であつても、それに答えて証言をすれば、その証言によつて第三者の行為と証人との間に何らかの結び付きが想定されて、証人にも犯罪の嫌疑がかけられる可能性が認められるような場合、換言すれば自己の刑事責任を導く証拠連鎖の一環を提供するに至ると認められるような場合にも、その虞があるものというべきであるが、右の判断はその証人尋問がなされた時の状況を標準として判断すべきものである。

前認定の被告人らの罪となる事実で判示した各尋問事項は、いずれも被告人ら以外の者の行動にのみ関する事実についての質問であつて、凡そこれに答えたからといつて、被告人ら自身が刑事訴追を受けると思われるような犯罪構成要件事実ないしはこれを推測させるような関連事実について証言をするということにはならない。したがつて、これらの質問に対する証言の拒否は、正当の理由なくなされたものである。

しかし、被告人らに対する尋問事項中、被告人芝田については「証人はいつ点呼場の外へ出たのか。国鉄東灘運輸分会では阿江助役に対してどういう感情を持つていたか。阿江助役を追放しようと決議したことはあるか。」という質問、被告人内山については「証人も分会員の一人か」という質問、被告人千崎については「小泉は組合の役員をやつているのか。川口末夫は組合の役員か。証人はどの辺に座つていたのか。証人は国鉄労働組合東灘分会の組合員ですか。労働組合の方では阿江助役に対してどう考えていたか。組合が阿江助役を追放するという決議をしたことがあるか。」という質問に対し、被告人らはそれぞれその証言を拒んでいる。そして、前掲各証拠を総合すれば、その被疑事件としてとらえられている事態は、国鉄東灘駅における昭和三四年五月一〇日の点呼と時間的に極めて接着し、また場所的にもその点呼場及びその付近で発生したものであること、それは小泉哲夫や川口末夫において当直助役である阿江力に対し質問をしようとしたことに端を発するものであること、右事態に引き続き川口らを含む国鉄労働組合員一〇名余りが助役室へ押しかけていること、右小泉は被告人らの所属している国鉄労働組合東灘運輸分会の分会長、川口はその書記長であること、小泉らの右質問は組合員全員の意向に添うものであること、その頃同組合員は阿江助役に対する反感から、その点呼執行に際し、全員一致して一切応答しないという態度を採つていたこと等の事実が認められ、また前記経緯の項で認定したような国鉄東灘駅における昭和三四年五月一〇日までの状況、並びに証人尋問当時未だ右被疑事件について公訴の提起を受けた者がなく、その被疑事実が具体的に明確でなかつたという事情を考慮に入れると、当日その点呼に出席し、かつ労働組合の一員である被告人らにおいて、右質問に答えて証言すれば小泉らの行動と被告人らを結び付けるような事実を証言する可能性があり、場合によつては被告人らにも共犯関係のあることについて合理的な疑を抱かせるような事態になるかもしれないと考えられるので、被告人らにおいて、自己が刑事訴追を受ける虞ありとして、これらの証言を拒んだことは、その理由があつたものというべく、右の質問に対する証言の拒否は罪とならないものというべきである。

そして、これら無罪の部分は、前記被告人らの罪となる事実と包括して一罪の関係にあるものと解せられるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

(被告人長田の無罪について)

被告人長田香に対する起訴状によれば、同被告人は、国鉄東灘駅職員にして、昭和三四年五月一〇日午前八時五〇分よりの同駅の点呼に出席したものであるが、同年六月一二日、神戸地方裁判所において、小泉哲夫、川口末夫、株本健三の公務執行妨害、傷害被疑事件の刑事訴訟法第二二六条による証人として出廷し、宣誓したうえ、裁判官より右点呼における証人の位置、点呼時における発言者の有無、点呼終了後発生した事態の状況について尋問を受けた際、正当の理由なきに拘らず、その証言を拒んだというのであるが、なるほど、押収にかかる長田香の証人尋問調書(証第二号)によれば、同被告人は、昭和三四年六月一二日、神戸地方裁判所において、被疑者川口末夫、同株本健三に対する公務執行妨害、傷害被疑事件について、裁判官江上芳雄から証人尋問を受け、同裁判官の「机の前に証人らは立つていたのか。点呼の時名を呼ばれたとき返事をしたのか。いつも答えないのでないか。誰がどのような発言をしたのかはどうか。点呼が終つてからどんな事態が発生したかについてはどうか。東灘分会が阿江助役を他に転勤させようと決議したことがありますか」という尋問に対し、その証言を拒んだことが認められる。

ところで当公判廷における被告人長田の供述並びに右証人尋問調書によると、その証言拒否の理由について、自己が刑事訴追を受ける虞があるからだと述べているが、同被告人に対する前認定の尋問事項中、点呼場における同被告人の位置関係、当直助役に対する点呼の応答状況、当日の当直助役に対する組合の意思等の質問については、同被告人がこれに答えて証言をすれば、その証言は、前項で判断したと同じ理由により、被疑者である川口らの行動と同被告人とを結び付けるような事実を顕出する可能性があり、場合によつては同被告人にも共犯関係の疑をもたれる虞もあるというように考えられるので、これらの質問に対して被告人長田が証言を拒否したことは、正当の理由があるものというべく、罪とならないものであり、また「誰がどのような発言をしたか。点呼が終つてからどんな事態が発生したか」という質問は、抽象的な形でなされた質問で、被告人長田自身の言動も含まれているようにも解せられるうえ、前項で認定した公務執行妨害、傷害という事態の性質、内容、被告人の立場に関する諸事実、並びに本件の証拠によれば、右事態の前後を通じ小泉、川口以外の組合員も何んらかの言動におよんだやに窺われ、それらの言動に被告人長田が全然関係のない目撃者的立場にあつたとも断じ難いので、そのことと被告人長田が証人尋問を受けた当時、問題の被疑事実が未だ具体的に明確化されていなかつたという事情、いいかえれば捜査側がいかなる範囲の事実についてまで犯罪の嫌疑ありと思慮していたかが明認できなかつたという事情を考慮に入れると、被告人長田において、右質問につきその証言を拒否しなければ、自己が刑事訴追を受ける虞ありと判断したことは、合理的に理由があると考えられるので、このような場合にも証言を拒否するにつき正当の理由があるものというべきであり、結局長田香に対する被告事件については無罪の言渡をすべきものである。

(法令の適用)

被告人芝田、同内山、同千崎の判示罪となる行為は各刑事訴訟法第一六一条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するところ、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で同被告人らを各罰金一、五〇〇円に処し、同被告人らが右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金二五〇円を一日に換算した期間被告人らをそれぞれ労役場に留置することとし、なお同被告人らは、前認定のような経緯で証人尋問を受けたが、いわゆる列車妨害事件以来、国鉄労働組合員の警察並びに国鉄管理者側に対する対抗意識、それに由来する組合員相互の団結意識等にわざわいされ、不安な気持になつて冷静な判断力を失い、前認定の罪となる行為におよんだもので、その犯情被告人らにも汲むべきものがあり、また同被告人らはこれまで前科は勿論のこと、これといつた事故もなく勤めてきた国鉄職員であること等諸般の事情を考慮すれば、罰金刑ではあるがその刑の執行を猶予するを相当と認め、同被告人らに対し、刑法第二五条第一項を適用して、この裁判確定の日から二年間それぞれ右刑の執行を猶予することとし、被告人長田については、前項判示の理由を以て、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をし、訴訟費用については、同法第一八一条第一項本文により、主文第五項のとおり定める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 志水義文)

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